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証券投資_為替相場の動き方


■為替相場の動き方の整理

為替相場は、短期では投機勢の動向、中長期では需給(貿易収支など)と内外金利差(内外の金融政策の違い)の3要素を把握する。

時間軸 短期(~3M) 中長期(12M~) メモ
原因① 投機の影響 モデル系 - モデル系HFは、CTAとほぼ同義であり、チャート分析に基づくアルゴリズム取引が中心。
マクロ系 - マクロ系HFは、ファンダメンタルズ(円需給・経済政策・金融政策など)の見通しを重視したポジションを構築。
原因② 投資の影響 金融機関(生損保・アセマネなど) 金融機関(アセマネ・保険等)の長期投資家(リアルマネー)。
原因③

ファンダメンタルズ

- 内外金利差 外国中銀の金融政策スタンスとの違いを反映。10年金利差よりも2年金利差が効く。
原因④ -

円需給(フロー)

貿易収支などの円需給バランス。フローは一定期間の売買差額(ネット)。

■円需給の指標

ファンダメンタルズのうち円需給のフローは、①蓄積するものか、②積極的なものか、③為替リスクを伴うものか、を考慮して集計する。以上3原則に従って5つのフローを集計して作られた指標に野村円需給インデックスがある。紙飛行機理論で機体バランスの主翼である貿易収支と投信フローは互いにバランスする傾向があり、為替相場への影響が抑えられる。

野村円需給インデックスの構成フロー メモ
(1) 主翼

事業会社

(製造業)

貿易・サービス収支 経常収支 投信フローと相殺する関係がある。東日本大震災以降、貿易赤字でマイナスであったが、2020年度は貿易黒字となり、貿易・サービス収支は▲0.5兆円。
(2)     所得収支 債券・株式などの直接投資からの利息配当の集計。日本は約360兆円の海外純資産があり、年間で18兆円規模の所得収支がある(2020年度)。所得収支には為替の影響もないフローも含まれる。例えば、財務省の外貨準備は基本的に再投資なので円転はない。所得収支の半分は円転せず。
(3)   事業会社 対外直接投資

資本収支

(投資収支)

海外M&Aに関わる外貨買い(円売り)。通常、M&A資金の半分が円資金(円投)だと推計。
(4) 主翼 アセマネ 投信フロー 貿易・サービス収支と相殺する関係がある。個人の退職金マネーで購入する外貨建て投資信託によるフローが中心。リバランスを実施する年金運用ではない。
(5)   生保 生保フロー 生保の外債投資がオープンならば円売りであるが、ヘッジ付きならば為替に影響は与えない。

■内外金利差の指標

10年国債金利差は、G5限定やAA格以上などに絞ると、悪い金利上昇成分は抜けるのでは。

内外金利差の指標金利 メモ
政策金利  各国の中央銀行がコントロールする短期金利。景気の強さ、過熱感に応じて利上げを実施する。
3ヵ月スワップ金利 金利差はいわば円ヘッジ損益となる。ヘッジ外債投資の収益性の指標としては使える。
2年国債金利

為替分析の世界ではグローバルスタンダード。2年金利は将来2年間の政策金利(の平均値)に対する市場予想を反映するため、金利差と為替が優れた相関係数の高さを示す。政策金利の将来の動向をきれいに織り込むため、景気の強さ(利上げを実施する根拠)を背景とする良い金利上昇を反映しやすい。

例えば、ゼロ金利から毎年2%の利上げ(2年後に4%)を想定すると、2年金利はその平均値である2%ほど上昇する。

5年国債金利 局面によっては説明力あり。米独金利差とユーロドル相場では相関係数は高い。
10年国債金利

中央銀行による利上げの情報だけでなく、財政リスクやインフレ懸念といった情報が入ってくる。つまり悪い金利上昇を織り込みやすい。

■為替系ヘッジファンドの種類

マクロ系とモデル系に大別。モデル系はCTAとほぼ同義で、金利差などのテクニカルチャート分析を使ったアルゴリズムを駆使し、ファンダメンタルズ(貿易収支や利上げ観測など)のビューに基づくことはしない。

■短期の投機筋(特にモデル系ヘッジファンド)の動向

為替相場の短期投機筋のポジション動向は、シカゴIMM(通貨先物市場)のポジションが参考になる。但しここにはヘッジファンドのうちチャート分析を主眼とするモデル系(CTA)が主体であり、将来の経済・金融政策見通しなどのファンダメンタルズに頼るマクロ系ヘッジファンドの動向はカバーされず、見えてこない点に留意。

■短期の投機筋(マクロ系ヘッジファンド)の動向

マクロ系ヘッジファンドのポジション動向を知る直接的な手段はない。為替予想モデルによる推計値からの逆算と、実地調査によるしかない。前者ではファンダメンタルズ(需給と内外金利差)から得られる為替レートと実際との乖離を埋める部分を、ヘッジファンドの投機的ポジションと見る。実地調査はモデルが適切かを調整する補助的手段として位置付けられる。

■紙飛行機理論

中長期的な為替相場の方向感を説明する際に、紙飛行機理論がある。ファンダメンタルズのうち内外金利差は紙飛行機がいる外部環境(風速など)を意味し、円需給は紙飛行機の機体のバランスを意味する。内外金利差がなく(無風)であれば、方向感を決めるのは円需給(機体バランス)となる。

■量的緩和策は通貨安なのか

ゼロ金利政策により政策金利をこれ以上下げられない場合に、量的緩和策が登場する。量的緩和は短期金利のみならず、長期金利も長期国債を買い入れ対象とすることで調整可能である。また貨幣増刷を伴うため、インフレ期待が高まる効果(長期金利の上昇)もあるとされる。利下げは通貨安であるが、量的緩和策は通貨安要因なのか。量的緩和策で日銀がお札を刷っても民間銀行が貸出金を増やさなければ、市中にお金は回らず、実質的な緩和効果はない。日銀当預にブタ積みを解消するには、量的緩和により長期金利を引き下げて、企業の借り入れ意欲を高めるしかない。

■マネタリーベース比率(ソロスチャート)

円相場の大きなトレンドを説明する際に、ベースマネー(マネタリーベース)の比率をとったソロスチャートがある。より大量のお札を刷っている方が通貨安になる、という考え方だ。2000年まではソロスチャートは趨勢をよく捉えている。しかし2001年~2006年の日銀の量的緩和では外している。これは日銀が刷ったお札を民間銀行が日銀当預にブタ積みしたままで、市中に回らなかったためである。そこで日銀当預を除いたものが修正ソロスチャートである。

■需給(実需に伴うフロー)

事業会社による為替取引は、基本的に貿易という経済活動から派生する実需である。日本は東日本大震災(2011年3月)以降、主にエネルギー輸入の増加に伴い年間10兆円の貿易赤字が発生している。金融機関の場合、年金・生損保・アセマネなどは運用するべき原資があり、中長期保有を念頭に投資を行うため、行われる為替取引は投機ではなく実需(リアルマネー)に分類される。

■需給におけるバランス

需給の貿易収支と投資フローは紙飛行機の主翼をなし、互いに相殺する方向に動く傾向がある。例えば、貿易黒字(海外景気が活況で輸出超過)により外貨を稼ぐと従業員の賃金支払いに備えて円買い(外貨売り)需要が高まる。その結果、円建てで賃金を受けた個人は外貨投資意欲があり(投信フローに計上)、円売り(外貨買い)を行う。貿易収支は為替相場に影響しない…という言い方が見られるが、それは投資フローとの相殺を前提とした表現である。

■需給バランスの変化、東日本大震災

紙飛行機の機体主翼(貿易収支と投資フロー)のバランスが大きく崩れたのは、2011年3月11日の東日本大震災である。福島第一原発の事故により、全国の原発が次々に停止。火力燃料の輸入増加につながる。また自動車の頭脳マイコンを生産するルネサスの工場が被災した影響で、自動車生産が滞った(輸出急減)こともある。貿易収支は赤字に転落し、2年半後も黒字回復は見込めていない。一方、投資フローは2011年後半の欧州情勢の悪化と新興国通貨の急落を受けて、一時的に逆流(リパトリ)を起こしたが、2013年になると平常を取り戻し、円売り・外貨買いの主体となっている。結果的に、貿易赤字の企業部門と外貨投資を行う個人部門の両方が円売りとなり、アンバランスとなっている。なお日本は1980年代以降、リーマンショック(2008年9月)による輸出急減による一時的な貿易赤字を除けば、2011年3月まで一貫して貿易黒字を稼いでいた。

■2011年前半(東日本大震災の前後)の円相場の見方

東日本大震災は円需給から言えば円安圧力であるが、実際はすぐに円安にならなかった。直後に米景気も悪化したためである。2011年8月5日には格付け会社が米国国債をAAAから引き下げ、8月9日にはFOMCで2013年半ばまで金利引き下げはないと約束し、米5年国債利回りは2.3%(3月初)から0.9%(8月)まで低下した。日米金利差の縮小は円高(米ドル安)圧力となった。米金利低下が落ち着くことで、円需給の影響(円安)が出始めた。但し、2011年後半はアベノミクス相場の起点でもあり、円需給は円安の一要因だったと言える。

■原油高は円安か

東日本大震災以降、日本は貿易赤字となった。輸入額は48%増加し、そのうち鉱物性燃料の輸入量の増加は5%、燃料の価格高騰の影響は43%とされる。ちょうどアラブの春(2010年12月のチュニジアで発生したジャスミン革命を契機)と時期が重なり、原油価格が高騰した影響が大きかった。原油高は貿易赤字を引き起こし、貿易赤字は円安圧力と考えることができる。

■実質金利差での為替相場の説明

内外の実質金利差による為替相場の説明は、名目金利差の理論と、インフレ格差の理論の組み合わせである。後者の理論は購買力平価。また為替の変動要因に、名目金利差と貿易収支の両方を考慮すれば、さらにインフレ格差を取り入れる必要はない。インフレ格差が為替に影響するのは、貿易収支の変化を通じてなので。

■リスク通貨

米国株価が上昇するリスクオンの際に強い通貨をリスク通貨といい、ベータ値(対米国株価)が高い。一般に高金利通貨ほどリスク通貨であり高ベータ。第一に高金利通貨のうち豪・ブラジル・南アフリカなどの資源国通貨はグローバル景気動向(資源価格や資源需要など)に左右されやすい。第二に中央銀行の政策金利の変動がダイナミック。第三に高成長で設備投資が活発なため国内貯蓄が不足気味(海外から投資マネーを調達して経常赤字)となり、好景気時には通貨高、不況時には通貨安となる。

■なぜ円は不況時に強いか

円は常にゼロ金利であり、高金利通貨とは対照的。内外金利差の観点では、海外が利上げすると円安(外貨高)となる。円需給の観点では、不景気の時には貿易黒字が縮小し円安要因となるが、それ以上に投資フローが停滞・逆流し、円高となる。

■良い高金利と悪い高金利

名目金利の水準、実質成長率とインフレ率と財政リスク(ソブリン・リスク)を構成要素として説明される。実質成長率の高さ由来なら良い高金利であるが、インフレ率や財政リスクを由来とするなら悪い高金利である。

■購買力平価の分析

絶対購買力平価はOECDが公表している。より一般的に使われる相対購買力平価は、ある基準点から2ヵ国のインフレ率の格差分だけ、為替レートの適正値が変化するという理論。米ドル円で、米国が年率2%、日本が年率0%のインフレだとしたら、毎年2%ずつ適正な為替水準がドル安(円高)に変化する。購買力平価の理論の背景には一物一価の法則があるが、必ずしもその仮定は成立しない。

■キャリートレード

高金利通貨をロング、低金利通貨をショートする戦略。ヘッジファンドではロング通貨をターゲット通貨、ショート通貨をファンディング通貨と呼ぶ。2005年~2007年はキャリートレード全盛期であり、典型的なファンディング通貨は低金利の円であった(円キャリートレード、円借り取引)。ITバブル崩壊を経て、世界経済が徐々に回復に向かい始めた中、2002年~2004年は円キャリートレードの初期段階に当たる。この3年間で対円レートは、米ドルで▲22%、英ポンドで+3%、加ドルで3%、ユーロで18%、豪ドルで19%。

米国金融危機や欧州財政問題に伴い、円高が進む理由は、円がファンディング通貨として世界から調達され、別の高利回り通貨・新興国通貨に変換(円売り)されていたものが、リスクを避けるために手仕舞いする仮定で、円買いされるため。わざわざリスクオフ時に安全通貨としての円へ投資しているわけではない。また為替リスク回避には現物資産を実際に売買する必要はなく、為替ヘッジを調整することで以上のことはなされる。

■クロス円

米ドル以外の外貨に対する円レート。

■リスクオンとリスクオフの為替レート

一般に世界的株価上昇時(リスクオン)では米ドル、円、ユーロは強くなり、一方で世界的株価下落時(リスクオフ)では米ドル、円、ユーロは弱まる。これは世界の金融資産が多い国が米国や日本、ユーロであるため。リスクオンでは米ドル建て、円建て、ユーロ建ての資産から高金利通貨建てや新興国通貨建ての資産に入れ替える。リスクオフでは逆の動きとなる(リパトリエーション)。またリスクオンの際には、金利の低い円を借りて(円をファンディング通貨として)、他通貨に投資する(円キャリートレード)することも円安の原因である。よって日本はリスクオンで(通貨全体に対して)円安、リスクオフで(通貨全体に対して)円高となる。

■為替ヘッジはスポットに影響を与える

輸出企業が3ヵ月後に得る輸入代金1米ドルを、現時点で円建て(1米ドル=100円)で固定化させたい場合、銀行との先物米ドルロングによる円ヘッジを行う。銀行側は輸出企業の代わりにフォワード市場で先物米ドルロングのポジションを作る一方、生じる米ドル円リスクをヘッジするために同時にすぐにスポット(1米ドル=100円)で米ドルを現物売却し、3ヵ月後に輸出企業に支払う代金として円(100円)を購入する。

■円金利の上昇は円高圧力か

日本で利上げや財政悪化懸念などの理由で円金利が上昇した場合、生保等の機関投資家はわざわざ外債投資する必要がなくなり、国内回帰する。また高金利となれば金利差要因で海外投資家が円への投資を始め、これは資金流入となる可能性がある。ただ円キャリートレードで円がファンディング通貨として魅力を失えば、円売りが進む可能性がある。

■10年後、20年後の円相場の予想

日本の物価上昇率がこれまで同様、他国の物価上昇率を下回り続けるなら円高、逆に日本の物価上昇率がこれまでと異なり、他国の物価上昇率を上回るならば、円安。長期の為替相場の予想は、長期のインフレ率予想である。

■2005年~2011年までのドル円相場

この間は日米金利差でうまく説明できる。日本の金利は動かない一方で、米国金利は政策金利であるFFレート(フェデラル・ファンド金利)が1%(2004年6月)から5.25%(2006年6月)まで上昇、その後ゼロ%まで低下する。先行きの政策金利を最も反映しやすい2年債利回りを正確に予想できれば、ドル円予想も外しようがないという時期が続いた。

■2008年のドル円相場

2008年1月22日、緊急FOMC(バーナンキ議長)が開催され、景気失速を懸念して利下げ(▲0.75%)を実施。さらに翌週の1月30日には再度利下げ(▲0.5%)を実施。僅か10日で1.25%低下した。FRBの金融緩和で株価は上昇したが、3月にはサブプライムローン問題のさらなる深刻化やベア・スターンズの実質破綻により、市場は一層の利下げを催促。米国2年利回りは2%割れで推移する中、3月14日にドル円は100円を割った。9月にリーマンショックが発生。12月16日にはついにゼロ金利政策を実施し、ドル円は87円まで下落した。

■2008年9月、リーマンショックの影響

米国で金融システム危機(2008年9月にリーマン・ショック)の発生では、米ドル円は2008年8月末の110円台から12月の87円まで、4ヵ月で20%も急落(円高進行)。しかし通貨全体で見ると、米ドルは円に次いで2番目に強い通貨だった。ユーロや豪ドルが自国通貨の人から見れば、むしろ米ドルは買い戻されていると見られた。2008年8月末~2008年12月末は、対円レートで米ドルは▲20%、ユーロは▲23%、加ドルは▲30%、英ポンドは▲35%、豪ドルは▲37%となっていた。オーストラリア人にとっては米国で発生した金融システム不安により、米ドルが豪ドルに対してどんどん強まる様子を見ていた。

■2010年頃、欧州財政危機とリスクオン・リスクオフ

欧州債務問題が深刻化。ユーロ圏内の政治動向に対して市場が楽観と悲観をジェットコースターのように繰り返すようになった。5月には財政悪化したギリシャが混乱し、アテネでは火炎瓶が飛び交う。6月には財政危機がスペイン、イタリアにまで波及し、ユーロ安が進展。この頃からリスクオン・リスクオフという言い方が金融市場で定着し始めた。基本的には米国株価指数の上昇がリスクオン、下落がリスクオフと判断。リスクラリーとはリスクオンつまり株高が継続すること。

■2010年後半、豪ドル高

高金利かつ財政健全な豪ドルに資金流入し、豪ドル高が進展。主に欧州財政危機を発端として投資マネーがユーロから豪ドルに大移動し、金利差との整合的な動きから乖離し始めた。豪州債券市場がユーロ債券市場に比べて小さく、需給面の逼迫の影響が大きい。ただ2012年11月以降の豪ドル円はアベノミクスの開始による円安の影響も大きい。また豪ドルの財政健全は、中国の急成長と表裏一体であり、中国相手の資源輸出が好調だったことが挙げられる。

■2011年8月、野田財務大臣、円売り介入

2011年8月4日、77円近辺の米ドル円レートが円高に推移。その後、野田佳彦財務大臣が円売り介入に踏み切ったとの声明を発表。その日は80.25円まで上昇。1日の規模として4兆円以上の円売り介入であったが、8月9日には介入開始時の77円に戻り、その後76円台まで円高は進行。

■2011年10月、スロバキアによる通貨安定策の反対

2011年10月11日、ユーロ加盟国のスロバキアは、域内の救済システムのEFSF(欧州金融安定ファシリティ=ESMの前身)の機能拡充を、議会で否決した。内閣退陣後、再度実施された採決で可決されたが、小国に振り回されるユーロを象徴する事例。

■2012年1月、FOMCのインフレ目標とドッツの公表

2012年1月のFOMCは、明文化されていなかったインフレ率の長期目標を2%と明示した。またGDP成長率、失業率、インフレ率に加えて、政策金利の先行きについてFOMC参加メンバーの予想分布(ドッツ)を公表した。こうした予告型のフォワードガイダンスは、既にニュージーランド、ノルウェー、スウェーデンで導入済みであり、金利安定の効果を齎していた。但し、楽観シナリオが想定されやすい。

■2012年2月の円相場の見方

マクロ系ヘッジファンドはそれ以前は日本の日銀金融政策決定会合には無関心で完全スルーだった。しかし2012年2月14日の不意を突いた追加緩和策と1%インフレ目標の発表(いわゆるバレンタイン緩和)に対して、海外ヘッジファンドは反応し、1ヵ月で78円から84円まで円安が進行した。なお海外金利の上昇(内外金利差の拡大)も追い風であった。以後、日銀の政策発表は円相場を動かす材料として働き始めた。

■2012年9月の欧州情勢

日本のアベノミクスによる円安に世界のヘッジファンドが注目する余力が生まれたのは、欧州情勢が一定程度の落ち着きを取り戻したためでもある。2012年9月、ECBはOMT(国債買い入れプログラム)を発表し、市場が混乱した際にはイタリア国債やスペイン国債を無制限に買い入れる方針を打ち出した。これによりユーロ圏内の各国政治情勢に振り回され続けた投資家は、ようやく解放された。

■2012年10月、世界のヘッジファンドが日本に集結

2012年10月9日~14日、48年ぶりに東京でIMF・世界銀行年次総会が開催。世界中のヘッジファンドが日本に集結。財務大臣、中銀総裁などの当局者が一堂に会する恒例行事に、耳寄り情報を求めてHFが群がった。欧州情勢がECBのOMTにより一定の落ち着きを見せたことも、世界のヘッジファンドの次なるネタを見つけるべく、日本に注目する要因となった。

■2012年11月~2013年5月のヘッジファンド主導のアベノミクス相場

2012年11月~2013年5月までのアベノミクス相場による円安トレンドは、海外ヘッジファンドや日本のFXマネーなどの投機マネーによって主導された。この6ヵ月間にわたるアベノミクス相場はあくまで例外的な投機の盛り上がりと言える。僅か半年で約30%の円安が進行した。

■2012月11月の円相場の見方

ファンダメンタルズでは、需給(フロー)は貿易赤字が定着し、日米金利差は縮小し、日本政治の不安定化(円高是正を掲げる安部自民総裁)など。こうした円安材料が実際の円安トレンドに移行する契機は、2012年11月14日の野田首相による衆議院解散の意向を示した時(アベノミクス相場の開始)である。有力ヘッジファンド(特にファンダメンタルに依拠するマクロ系ヘッジファンド)が大規模な円売りを仕掛け始めた。その後僅か6ヵ月で24円(79円→103円)の円安が進む。

■2012年12月の円相場の見方

2012年12月16日の衆議院選挙で自民・公明が圧勝。円安政策を標榜する安部自民党の政権交代が実現しても、ヘッジファンド勢の利益確定は行われず、怒涛の円ショートの広がりで、86.75円で年越しを迎えた。僅か1ヵ月半で7円の円安であり、この間、ファンダメンタルである日米金利差や日本の貿易赤字が大きく変化したわけではない。ファンダメンタルベースのモデルでは81円であり、約6円ほどの円安がヘッジファンド勢に作られていた計算。

■2013年1月の円相場の見方

年明け後も利益確定の動きはなく、新しいヘッジファンドが雪崩を打って円ショートに参戦する状況。2013年1月17日には90円に達する。1月22日の日銀(白川総裁)の金融政策決定会合では、インフレ目標の2%引き上げ(市場は織り込み済み)と、日銀の資産買い入れ方法で期限を定めない旨が発表され、より緩和的なメッセージとなった。但し、実体的な追加緩和の影響は低いとみるヘッジファンドは、白坂総裁の会見前に円ショートポジションを手仕舞う動きも見られた。この時期から安倍政権の主要閣僚や副大臣レベルの発言でも、円相場に影響を与え始める。

■2013年2月、日銀総裁の後任人事

野田首相の解散宣言以降、2013年4月に退任予定の白川総裁の後任人事が注目され始める。マクロ系ヘッジファンドの関心事の一つであり、自民党の意向を反映した積極緩和論者が選ばれる見立てであった。2013年2月10日、産経新聞はアジア開発銀行総裁の黒田東彦氏が有力を報じた。2013年2月24日、各社は一斉に黒田総裁の内定を報じた。サプライズなのは岩田副総裁が同時に伝えられた点であり、経済政策における安部首相のリーダーシップの強さを印象付けた。マクロ系HFにおけるアベノミクスの評価は半信半疑から全面的な信頼に変化した。

■2013年2月の円相場の動き

米ドル円が90円を超えたことで、自動車産業との結びつきの強い下院議員などを中心に米国議会で「日本の通貨安政策」を問題視し始めた。通貨政策を管轄する米国財務省でも円高是正を前面に掲げるアベノミクスのやり方に注文を付けるべきという立場が強まる。2013年2月12日、15日・16日にG20を控えて、G7中銀総裁・財務大臣会合が共同声明を打ち出す。共同声明では「為替レートを目標にはしないことを再確認する」とあり、日本に対する牽制と意図したものである。以後、G7合意のため麻生財務大臣などの円安誘導的な発言は止め、一切コメントしないの一点張りとなる。

■2013年3月、キプロス金融危機。

人口90万人の小国のキプロスが金融危機に陥る。ギリシャ国債を大量に保有し、有力銀行が破綻状態になったため。3月26日、ESM(欧州安定メカニズム)からの金融支援を受けるため、キプロス政府は預金者の預金カットを決定し、同時に海外への預金流出を防ぐため、資本規制に踏み切る。これはユーロの信認を深く傷付け、同日のユーロ相場は2%下落し、混乱を招いた。

■2013年4月の円相場の動き ※日銀の異次元緩和

3月下旬は95円となり、関心事は就任後最初の黒田総裁による日銀金融政策決定会合であった(発表前は92円)。初会合での政策発表は、30年債までの長期国債を含め月額5兆円程度の国債購入をオープンエンド方式(期限の定めなし)を打ち出すことが基本シナリオとして予想された。2013年4月4日当日、予想された基本シナリオを上回る緩和パッケージ(量的・質的金融緩和)が発表され、異次元緩和、バズーカ緩和、黒田ショックと形容された。中身は40年国債も買い入れ対象、月額7兆円の買い入れ、ETFを1.5兆円追加購入など。政策発表後、95.5円まで円安が進み、1週間後には100円を突破。

■2013年5月の円相場の動き

2013年5月9日、米国雇用データが強い結果となり、米国金利上昇を市場が予想し始める。しかしその日の30年国債入札が予想外に好調で、金利は上昇せず。そこでヘッジファンド勢は、生保マネーなどのジャパンマネーが米国市場に入って来た説に飛びついた。実際には生保による外債投資は円ヘッジがなされ、為替相場へのインパクトはない。しかし5月17日には103円台まで円安が進行。野田首相による解散宣言から6ヵ月で24円の円安であるが、ファンダメンタルズによるモデルでは81円が適正レートと推定され、約18円相当がHF勢による30兆円規模の投機的円ショートと考えられる。この時、普段は円ショートを行わない(日本を熟知していない)運用担当者までもが円安期待を享受するために、円ショートに及んでいた。来月には積み上がった円ショートが失望により買い戻される。

■2013年6月の円相場の見方

2013年6月11日の日銀(黒田総裁)の金融政策決定会合でゼロ回答だったことを受けて、ヘッジファンドの期待を裏切り、その後3週間で10円ほど円高が進行(103円→93円)。日本は7月に参議院選挙を控えており、アベノミクス相場の進展を織り込んでいたヘッジファンド勢の円(蓄積した円ショート)の買戻しが、ドル円相場に破壊的な影響を及ぼした。2012年11月から始まったヘッジファンド勢が主導したアベノミクスの円安相場は、一旦の終了となる。

■2013年7月、参議院選挙に自民勝利

2013年7月21日、第23回参院選で自民党が圧勝し、衆参両院で多数派が異なるねじれ国会が3年ぶりに解消。

■2013年10月の円相場の見方

2013年10月21日、日本の財務省が9月分の貿易収支(規制調整後)を発表。1兆913億円の赤字であり、想定内であった。但し、31ヵ月連続の貿易赤字であり、月額としては史上最大となった。輸出大国の日本は、2011年3月の東日本大震災以後、エネルギー輸入が増し、2年半経過しても貿易赤字は拡大傾向にあった。

米国は債務上限問題、米国連邦政府機関の閉鎖などを乗り越え、米ドル円は方向感のない凪の状態。

■2013年9月-10月の米ドル相場の見方

2013年9月19日、米国のFOMCではテーパリング(量的緩和の縮小)が見送られた。FRBが景気に悲観的だというメッセージと、2013年9月にテーパリング開始を織り込んでいた為替市場は、米ドル安に反応。テーパリング開始・終了、利上げ開始時期のスケジュールが後ろ倒しとなり、金利水準も調整された。

■2013年10月の米ドル相場の見方

2013年10月16日、米国の与野党対立から新年度予算が成立せず、政府閉鎖が2週間(10月1日~)続いた。また米国連邦政府の債務上限が10月17日に近づき、追加の国債発行がなければデフォルトに陥ると言われた。以上のことは米ドル安の要因となり、一時的に10月上旬に96円台まで下落した。

■参考資料

・外国為替の取引高は国際決済銀行(BIS)のレポートに記載。1日当たり500兆円規模で90%弱が米ドルで、ドル円の通貨ペアは100兆円規模。

・ユーリカヘッジには、世界のヘッジファンドの運用資産残高の情報がある。

・為替相場の短期情報として、シカゴの(シカゴ商品取引所(CME)の通貨先物市場(IMM))の投機筋のポジションがある。商業部門、非商業部門、非報告部門があり、商業部門には事業会社、金融機関のヘッジ目的のポジションを含む。いわゆる投機筋は非商業部門であり、非報告部門も含める場合がある。

・通貨の需給の内訳は、財務省の公表資料などで得る。

・通貨の需給の投信フローは、内閣府好評の景気ウィッチャー調査の家計動向関連先行き判断指数と明確な連動性が見られる。

・各国の物価水準の比較は、OECD(経済協力開発機構)では絶対購買力平価を利用できる。

・世界の為替市場の規模は、国際決済銀行(BIS)が3年に一度(…2010年、2013年、2016年、2019年、2022年か)、4月中の1日当たりの取引高を調査している。為替市場規模は、スポット、フォワード、スワップ、オプションその他からなり、通貨ペアの取引量比率は全体ベースで示される。