· 

日記_注連縄の巻雲説_20190626


①初夏、季節外れの巻雲

 初夏の肌寒い夕方(2020年6月17日)、旧江戸川に沿ってを歩いていたら、常夜灯公園にて北東の方角に巻雲(けんうん,まきぐも)を見つけた。雲の種類(十種雲形)の中でも巻雲は最上層(5000m~12000m)で発達し、偏西風(ジェット気流)により吹き付けられる。通常は秋の空で見られることが多いが、今回は梅雨寒(つゆざむ)と偏西風の南下が重なり、季節外れの「初夏の巻雲」が見られたようだ。


 この巻雲を見ていると、注連縄(しめなわ)を連想させる。巻雲にも様々な派生形(変種)があるようだが、螺旋状に一列に連なるように見える巻雲を私は"注連縄雲"(しめなわぐも)と命名したい。なお注連縄雲の方角(印旛沼とか成田の方面)では時折、稲光が発生し、そのエリアでは雨も降っていたのではなかろうか。

②注連縄の巻雲説

 神社の鳥居・本殿や正月飾りで目にする注連縄(しめなわ)は、この世とあの世(天界)を分け隔てる結界を表すとされる。一説では日本神話(記紀)において、天岩戸から天照大神が出られた際に再び戻らぬよう岩に注連縄(尻久米縄)を巻いたことが起源と聞く。天空に現れたこの巻雲は天然の注連縄であり、天界と地上を隔てる境界線と見て取れる。この風景は2000年以上前のご先祖様も見ることがあったはずだから、発想を逆転させて、巻雲(注連縄雲)が注連縄のモチーフになった…と考えたとしても不思議ではない。注連縄と言えば太く重々しい出雲大社が有名だが、一方で近所の小さな神社では上の写真の巻雲のようにか細い注連縄であることが多い。かなり細いのでそもそも注連縄ではなく、単なる紐と認知されているかもしれない。

③注連縄の形状の考察

 この巻雲の風貌を見て、私は勝手に数日前から「注連縄の巻雲説」を唱え始めている。実際に稲で編まれた注連縄の形を見ると、簾(すだれ)のように巻雲部分から稲を束ねたもの("〆の子"と呼ぶ)が垂れ下がり、これは雲から落ちた雨を象っているように見える。さらに巻雲部分から"紙垂"(しで)と呼ばれるジグザグの白い和紙が垂れ下がり、これは雲から落ちた稲光のように見える。

 以上のように注連縄には初夏(もしくは秋)の風物詩である巻雲・雨・稲光の3点セット(つまり、注連縄・〆の子・紙垂)で形作られる。さらに言えば、天神様(菅原道真の神霊である火雷天神の略称)を祀る拝殿では雷鳴を表す"鈴"も注連縄から下げられ、4点セットとなる。注連縄に付いた"〆の子"が雨、"紙垂"が稲光を指すというのは、広く浸透した解釈のようなので、その流れで言えば注連縄本体が"雲"だという解釈に差して飛躍はないだろう。

④注連縄の先にあるもの

 さらに考察を進めたい。注連縄は天界(高天原)と地上界の境界であるから、もちろん我々(日本人)から見て注連縄の先には天界(神話上の母方の先祖の住まい)があり、天界を統べる最高神は天照大神(太陽を司る女神、皇祖神、日本の総氏神)である。地上において、注連縄が設置される神社の拝殿・本殿の奥にはご神体として"鏡"(→太陽)が鎮座し、正月飾りの注連縄の中央には柑橘類の代々(→太陽)を置く風習がある。

⑤正月飾りと天孫降臨

 "鏡(または鏡餅)"も"代々"も太陽を表し、地上における神様(=ご先祖様)の依り代となる。そもそも正月飾りの太陽を表す"代々"は誰なのかと言えば、天照大神の孫(=代々)に当たる天孫ニニギと言えよう(これは勝手な推測)。つまり正月飾りの外観は、天照大神のご意向(天壌無窮の神勅、つまり自身の子孫が地上(日本)を治めよ)により天孫ニニギが地上へ降り立った瞬間(天孫降臨)のスナップショットではなかろうか。なお皇室では正月(1月3日)に天孫降臨と天皇の皇位の始まりを祝って元始祭が執り行われる。ただ天孫降臨は神話なので、正月の出来事だったのか確かめようがない。

 天照大神は天孫ニニギに自分の代わり身として"鏡"を持っていかせたため、地上において鏡は天照大神が宿るご神体として機能(→無限分身の機能)する。この時に運ばれたとされる鏡は現在、伊勢神宮に祀られており、皇位継承を裏付ける"三種の神器"の一つ(=八咫鏡)として知られる。

⑥天空へのお祈り

 注連縄雲を越えたその先には、天照大神をはじめ神々のお住まい(天界=高天原)がある。そもそも地上の神社とは、天(あるいは山や海の彼方)から飛来する神様が一時的に留まる仮の宿(出張所兼宿泊所)であり、用事(神祭り)が終われば天に戻られる。となれば今後、幸運にも注連縄雲を見つけた際には、神社(神様の別荘)で手を合わせるようにその方向(神様の実家=高天原)にお祈りしたい。

 その後、注連縄雲は数十分程度で形を変えていき、次第にほどけていった(以下、写真)。


⑦余談...天界とラピュータ

 1726年にスウィフトが著した『ガリヴァー旅行記』の第3篇には、日本よりもさらに東に位置する島国の天空都市"ラピュータ"のことが書かれている。ラピュータとは作中では"高い統率者"・"太陽の翼"という意味らしい。当時、西洋科学は非接触で届く目に見えない力として静電気・磁気(地磁気を含む)・重力(万有引力を含む)を把握していたが、動電気(いわゆる連続的に流れる電流)の性質は深く知られておらず、電気と磁気の関係やその統合(→電磁気学)もされる以前だった(電池や発電機(←電磁誘導の発見)が発明されてないため電気実験がそもそも困難)。従って、ラピュータの動力は比較的制御しやすそうで既知の鉱物由来の磁気で説明される。著書では(江戸時代の)日本も登場する。日本神話の天界と、16世紀に創作されたガリヴァー旅行記の天空都市ラピュータは全く関連ないが、東の上空に漂う注連縄雲を眺めていると、そこに何かしら共通項がないか…と探してみたくなった。