■2千年紀第2四半千年紀(1251~1500)
西暦 | 人物 | 国 | 出来事 (発見/発表/発明/現象) | メモ |
1251 | ||||
1314 | イタリア | 書物『人体解剖図(アナトミア・ムンディニ)』 |
12世紀ルネサンスでは、古代ギリシアやアラビアの文化・学術を伝える多くの文献がアラビア語からラテン語に翻訳され、それらを教科書として講義する大学も出現した。イタリアのサレルノやボローニャ、フランスのパリやモンペリエでは医学部が設けられ、医学教育が施された。 14世紀に入ると、人体解剖も時に実施されるようになる。 ボローニャ大学で臨床医学と解剖学を教えたモンディーノ・デ・ルッツィは、1315年に初めて医学生を相手に人体解剖を行い、翌年には教科書として『人体解剖図』を著した。 この著書は、大学医学部の解剖学教科書としてその後数世紀に亘り利用された。 【中世の解剖学の講義スタイル】
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1500 |